トイレで宇宙を想う



近頃トイレに行くとき、宇宙を感じる。

何をふざけているのかと思いたいけど割と本気。

そして本気な自分にひいている。

どういうことかというと。

口から摂取したものが、私の身体の中を巡っていろんな成分に分解され役割を終えたら汗や排せつという形で体外に排出されていく。
そう考えるとあらゆる成分は、すべて外界からの借り物で、時期がきたら自然にお返しをする。というような気持になる。

お手洗いで踏ん張りながら、

「身体の中を巡ってくれてありがとう。」
「役割を終えていつまでもとどまらず、出てきてくれてありがとう。」
「新たな旅へ行っていらっしゃい」

おなかの爽快感とともに気持ちよく、私の身体で働いてくれていたものたちを送りだす。

ある日ふと、自分がトイレにいっている行為が腑に落ちて、そういう真理を理解したような気持ちになった。

そういえば、さくらももこさんのエッセイ(そういうふうにできている)の中で出産時に宇宙の真理を理解した気がしたというようなことが描かれていた。




あぁ、さくらさんもこういう気持ちだったのだろうか。

ヨガ留学をしていたときに、ヨガ哲学のビシュー先生がよく「宇宙は私だ、私は宇宙だ。宇宙と私は同一だ。」というようなことをおっしゃっていた。当時は「なに言っちょんよこの兄さん」と全く理解できなかったけど。


それが今ではトイレに行くたびに、「わかる、わかったよ、ビシュー先生!きっとこういうことを言っていたんだね!」と心の中で叫んでいる。


自分の身体と思っているものも、役割を果たすと分解され体外に排出されていく。
身体全てが宇宙からの「借り物」、宇宙と私は同一だということをトイレにいく行為で確認している。

トイレで宇宙を感じているのだ。

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