舞台に自由を感じた、映画版CATS

年明けに映画版CATSを見に行きました。

舞台のCATSが大好きで、初めての観劇遠征は関西から五反田へCATS観劇。
CDもDVDも何度もみて、エリオットの原作詩集まで買い、とてもはまっていた時期もありました。

 

(エリオットの詩集。グロールタイガーは劇中劇ではなく、他の猫と同列で紹介されているなどマニアが読むと楽しい)

2020年ロイドウェーバー氏の、しかもCATSが映画化とくれば見に行くしかないと、仕事の合間に映画館へ。前評判が悪いのは承知だったのだけれど、行ってびっくり!

びっくり猫人間物語と化していたCATS。

う~ん、と思いつつも大好きなCATSだからという理由で字幕版と日本語吹き替え版で2回みました。

この作品のみどころは歌にダンスに豪華なキャストに、いろいろあるのでしょうけど、どうしても無視できない違和感を感じてしまう部分が多々あるんです。

あるのかないのか、中途半端なストーリー

そもそもCATSは猫ちゃん紹介物語なんですよね。

次々に猫を紹介して終わり。

映画で初めてCATSを見た知人は、そのストーリーのなさに驚いていました。
それでも映画は、舞台よりもかなり話の筋をはっきりさせようとしているのがわかるんです。

基本はヴィクトリア目線で描かれていたり、マキャベティが誘拐をする理由がジェリクルキャッツの座を狙っているからだと明確にわかるようになっていたり。
あぁ、そういう解釈をすれば舞台版も腑に落ちるシーンがあるなと思いました。
それでも、初見の場合はポカーンとしちゃう。

たぶんわかります、その気持ち。私も舞台のCATSをみたときはそうでした。
これからCATSをみる方がもしいたら、ストーリーをつかもうとすることは諦めてください。
もとが詩集ですし、あらすじがあんまりないことが「CATS」という作品の本来の姿なのかもしれません。

どうせポカーンとするのだから、無理にストーリーをはっきりさせようとしなくてもよかったのでは、というのが個人的には思います。


ね。

で、ここから本題です。

毛の流れがリアルに描かれたびっくり猫人間

舞台版CATS好きの私がなによりも気になったのは、びっくり猫人間と化していた猫たちです。

舞台版CATSの良さの一つは、明らかに人間の身体で演じられているのに作品に入り込むうちに猫に見えてくるという点。
全然違うものをそれらしく見せる、それらしく見えてくるというのは舞台が得意とする部分。

逆に映画は、背景や服、人物も舞台よりリアルに描くことが多いですよね。
そしてこの映画でも、リアルが追及されていました。それは、猫の毛と耳。

そう、人間の顔から生える猫の毛と耳。

これが精巧に作られているのだけどぜんっぜんリアルじゃない!!
人間の顔と身体から本物らしく毛と耳が生えていることに、逆に違和感がありまくりなんです。
ごめんなさい、ほんっと怖い!!

ここで舞台では機能していた、みている側の想像力が完全にそがれ違和感のみ残ります。

なぜそっちの方向にいってしまったんだ?!というツッコミを入れずにはいられません。


有名ミュージカルライオンキングの場合は違います。

ライオンキングの実写版は、ブロードウェイで演じられるような人の身体に動物の部位をつけるリアルさは一切ありません。
キャラクターたちが、まるで本当に生きている動物のように、CGで再現されています。ライオンキングの場合は、もともとがディズニーアニメなので、アニメの実写版というのがそうなった理由でしょうが。


ライオンキング
アニメ→人間の身体で演じられるミュージカル
アニメ→リアルな動物たちのCG映画

CATS
人間の身体で演じられるミュージカル→人間の身体を用いたリアルなCG映画

だから気持ち悪い。
ライオンキングと同様、アニメ的な猫の映像に戻したうえで、普通の猫のCGで作ればよかったのに…。
もしくはリアルな猫たちの姿で物語が進み、びっくり猫人間になるのは歌い踊る特別なシーンだけでよかったのに。

舞台や映画をみるとき、私たちは想像力を使って、作中世界の「リアル」を感じ取ります。
でもバランスも重要で、特定の部分が極端にリアルだと、想像力がそがれて「リアル」が感じられないという気づかされました。


不自由な背景

舞台とは違う映画のよさって、景色がどんどんかわることだと思うんです。舞台だと観客の想像力にゆだねられる部分が大きいところですが、映画だと実物があることで作中の世界観を感じ取りますし、想像をさらに超えた景色をみせられると感動が生まれます。

でも、この作品に関していうと具体的に猫たちがいる場所が描かれてしまうことに不自由さがあるんです。
見え方が、私たち人間のそれと似ている。

こんなもんか、と感じてしまう。

CATSの場合は猫目線の縮尺にもとづいてみえる、人間のものとは違う景色にもっと快感を感じても良いのではないかと思うのですが、割と人間目線でも納得しちゃう背景なんですよね。舞台とばかり比べて申し訳ないけれど、背景の美術など制約が多いはずなのに舞台のほうがずっと自由でした。
唯一爽快だったのは、鉄道猫のシーンで、(猫たちにとっては大きな)線路の上で猫たちが踊っている部分だったかな。
スキンブルシャンクスの心情が線路の果てまで広がっている、その景色を一緒にみている気分になります。

舞台版のCATSは(CATSシアター以外の劇場ではどうか知らないのですが)客席の周りを取り囲む美術が巨大で猫目線サイズになっています。舞台は都会のゴミ捨て場。そこにありそうなもので物語が進んでいくので、ここでも観客の想像力をかなりつかって景色を想像することが必要になります。

でも、映画のリアルな背景よりもずっと自由。
ここまでみて、舞台版と映画版では楽しむポイントが完全に違うんだなということに気が付きます。



舞台版CATSが、自分も猫の世界の一員になってみれるのに対して、
映画版CATSでは、自分はあくまで猫たちを観察(のぞき見?)している立場になっている。

だから背景も普段私たちがみている実物のものに近く感じられるし、舞台よりもぐっとひいた視点になっているんですよね。
これは好みの問題になってくるのでしょうけど、後者であればCATSを猫で演じる必要はないじゃん、というのが個人的な感想です。
人間らしい一面を持つ猫たちを、人間として描けばいい(もはやCATSじゃないけど)


舞台版CATSが5/15から48時間限定配信されるそうなので、未見の方はぜひトライを。

ALW作品の全編無料配信企画、5月15日から「キャッツ」が48時間限定で
 

 

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